と初めて会ったのは廊下だったと記憶している。
俺はもともと生徒の顔をきちんと覚えるタイプの教員ではない。
むしろ生徒にあまり興味を持たない類の教師だ。
お世辞にもこの職に向いているとは言い難い人間だとも思っている。
更に言えばと出会った時の事を覚えていた訳ではない、思い出したのだ。
正直授業を受け持たなかったら綺麗さっぱり忘れてただろうな。


ガラリと教室のドアを開けて教卓に向かって歩けば、ざわついていた教室が
しんと静まり返る。自分の席に慌てて駆ける者や、後ろの友達と話すために
移動させた椅子を正面に戻す者もいる。ガタガタと騒がしい音が立ったのもほんの一瞬。
直後、張り詰めたような空気と静寂が教室を支配した。
ったく授業開始3分前には座っとけ、ガキ共が。
緊張したような面持ちの生徒が大半を占める中で二人の生徒が目を引いた。
一人は眠たそうに欠伸を噛み殺す黒髪の男だった。案の定授業開始10分後には
寝やがったのでぶっ飛ばしといたが。
もう一人というのが例のだった。居眠り野郎の隣に座っていたの周辺は
明らかに不穏な気配が漂っていた。まるで全身全霊で俺自身を拒絶するような。
この学校には何故か生徒も教員も血気盛んな野郎が多い。その為反抗される事には慣れているが
これほどまでに“私はお前が嫌いだ”という視線を浴びせられたのは初めてだ。しかも初対面で。
最もそれは最初だけで、俺が説明を始めた辺りからアイツも警戒を解いたようだった。
その拒絶を除いて授業には何の支障も無かったので放っておいた。
しかし五十分間、胸の辺りに何かが引っ掛かって仕様がねェ。
あの女、どこかで会ったか?否、新入生と顔を合わせるのはこれが初めてじゃなかったか?
ぐるぐると記憶を手繰り寄せる。それでも口は授業の説明と方針についての
事務的な説明を紡ぎ続ける。何気なく教室を見渡しても、やはりアイツだけは見覚えがある気がする。
霧が晴れていくのを感じた。それは入学式が終わって直ぐの事だった。

…自分の中では大したことでは無いと思っていたが。

授業が終わり、早々に職員室へと足を進める。ったく、あん時の気弱そうな表情とは
大違いだな、あの女は。
それからというもの、あの目を俺に向けることはぱったりと無くなった。
授業態度も至って真面目。質問を当ててもきっちり答えてくる。
課題を忘れることも無い。教師から見りゃまさに理想像とも言える生徒だ。
逆にそれが気味悪ィんだがな、何考えてやがる。
他の教員からも評判は頗る良い。もしかしたら俺の考え過ぎか?とも思えてくる。
あの居眠り野郎は相変わらずだが。学習しねェ奴だ。
そして俺は基本的に生徒と馴れ合うことはない。胸糞悪ィ赤髪の野郎や
無駄に騒がしい赤っ鼻とは違って。あいつ等、教員っつーより生徒だな。
だからと話すことも無かったのだ。あの敵意の記憶は日に日に薄れていった。


前期の定期考査がやってきた。主要科目と違って中間試験を行わない俺の授業は
平常点・課題・試験の結果で成績が決まる。そして俺の作る試験問題は難しいと悪評が高い。
(こんなもん勉強しときゃそれなりに点取れるだろうが馬鹿共が)
まァ採点時に×印を連続して付ける瞬間が少し愉快だと思っている節は否定できねェな。
例の如く今回の試験もなかなかの出来だったらしい。俺の右手はリズム良く赤ペンを滑らせる。
ところが、ある生徒の解答用紙だけはそうはいかなかったのだ。
連なる丸印たちが増え続ける度に己の眉間の皺が一層深くなっていくのが分かる。
その様子に気付いた世界史教師ニコ・ロビンがくすくすと可笑しそうに笑っているのが見えた。
何がそんなに面白いってんだ?アァ?
小さく舌打ちをする。プリントの終着点で行き場を無くしたペンが小さな染みを作っていた。
満点のテストなんざ、特にこの科目のテストは初めて見たぜ。


御陰様で返却の為に教室へ向かう足が重い。俺は知らず知らずのうちに
に対する妙な苦手意識を植え付けられているらしい。
それを認めてしまうのが恐ろしくて再び舌打ちをする。すれ違った生徒がビクリと肩を震わせた。
何故、この俺が。大勢いる生徒の群れの中の一匹に過ぎないあの女に。
苛々は留まるところを知らず、無意識に葉巻を噛み締める。
名前を呼ばれた生徒共が一人ずつ俺の前に現れては背中を丸めて帰っていく。
何のことは無い。普段どおり、今までどおりだ。
それなのにの名前を呼ぶときだけ妙に心臓が震える。何故だ。
規則的な足音を響かせては歩き出す。表情は、無い。
まさに、これは義務だと言わんばかりだ。
一枚の忌々しい紙切れを手渡す。薄っぺらい白い掌がそれを受け取る。
胸糞悪くて仕方がねェ。目の前の女を威圧するように見つめると
は一瞬だけ勝ち誇ったように口角を上げて去っていった。
呆気にとられたのも刹那、俺は悟った。
この野郎、俺に宣戦布告なんざ良い度胸してやがる。
二度とそんな生意気な面出来ねェように徹底的に叩きのめしてやるから覚悟しとけ。


よろしい、ならば戦争だ


教師なのにこんなに生徒に敵意剥き出しでいいのだろうか。
それでも許してしまうのが鰐クオリティ(…)
なんとなくこの場合は鰐→嬢な感じが否めない。