「…何やってんの、お前」
「え、物件探し」
いつまでもお世話になるわけにはいかないでしょー、と言いながら
ほっそりとした長い指はパチパチと小気味の良い音を立てながら見事なまでのブラインドタッチ。
そういや“次の家が見つかるまで”という条件でここに置いていたんだっけか。
聞くところによると、例のマンションの側の人間の方で資金面の援助をしてくれたらしい。
いつの間に、と言いたい所だ。ちゃっかりしてやがる。
自分のペースを乱されることを嫌うオレにとって、この同居人がいなくなることは
然して大きなダメージもないはず。
ならば、この謂いようのない黒い靄は何だと言うんだ。
冷静になって考えてみると、今の状況は一体何なんだろう。
ルームシェア、という言葉は、もう通用しないような気がする。
…意外とオレはこいつに信用されているらしいデス。
普通の女だったら、というとが普通じゃないみたいな言い方になってしまうが
(あ、でもあながち間違いでは無いカモ)
もっと警戒するべきだ。どっからくるんですか?その自信。
乱暴に掴んだコーヒーカップの中身を一気に飲み干した。
(なーんかいつもより苦い気がするんだけどー)
その指先を止めることがオレに出来るだろうか。
「外山せんせー、まだちゃんに言ってないのー?」
ふらふらと、いつもの掴めない笑顔と共にデスクの後ろにやってきた女豹に溜息。
言ってないって何のことですか?ん?
小さく舌打ちをして眉間に皺を寄せたオレを見ると小高は満足そうに笑みを深くした。
「呆けてるとまた誰かに盗られちゃうわよぉ」
「さっきからうるせーよ!」
「こわーい」
その割には全く堪えていない様子で小高はふらりと方向転換して、どさりとソファに腰掛けた。
どこからか持参したマッサージ器でトントンと肩を叩く。(お前そんな仕事してねぇじゃん)
幸いにも二人だけだった医局には伊集院と藤吉、野村が昼食から帰ってきた。
はさっきオペに入っていったから当分帰ってこないだろう、と思ってた。
「ただいまー!」
おおよそ患者の生命が懸かっている重苦しい手術室から出てきたとは思えない明るい声と軽やかな足取りと共にこいつは帰還しやがった。
そうだ、こいつはオレと同じくあの張りつめた細い糸のような緊張感を楽しむ人種。
悔しいけど認めてやるよ、その腕は。(まぁオレの次だけど)
「ちゃん、おかえりー」
「お疲れ様です、先生!」
(おーおー、伊集院くん尻尾振っちゃってますヨ)
挨拶をしなかった他の二人も視線だけ向けて柔らかい笑みを作った。愛されてますネ…。
うふふ、と嬉しそうにこちらの彼女も笑って小高の隣に座る。
なんかヤな予感がする、と思って視線をソファに向けると案の定女豹がこちらを見て何か企んでいるような不敵な顔をつくった。
「ちゃんて何か妹みたいな感じで癒されるのよねぇー」
ずいっと顔を近づけて一言。対するも驚くわけでもなく、3つ違うだけじゃないですか、と微笑む。
いやいや何ぼーっとしてんだよ早く逃げろよ。
「あーもう本当可愛いんだから!」
ちゅう
空気が凍り付いた。
野村は飲んでいたオレンジジュースを盛大に吹き出し、伊集院はただ絶句して酸欠の金魚のようだ。
こいつらよりかはマシかと思われた藤吉まで持っていた書類全てを取り落とすという有様。
コメディかよ、と突っ込みたくても出来ないオレがいた。
(び、びっくりした)(ちょっと戯れただけよぉ)(姉妹でもキスはねぇだろうが!!)
女相手に本気で危機感を持った自分が情けない。