「私の心臓は、外山先生が切って下さいね」
「…なに言ってんだ」
「先生が執刀して下さったら、死んでも後悔しない」
薄暗い病室の中、窮屈なベッドの周りだけが白い蛍光灯の灯りでぼんやりと光を放っている。
彼女は冷たい手でオレの手をとり、自身の胸へと当てた。
とくん、と伝わってくるの鼓動に脳が冷えていく。
動いてる、ちゃんと動いているのに、こいつの心臓は健常者のそれとは違うんだと。
手術が成功する確率は、皆無に等しい。
悔しいが、朝田でも出来るかどうか、定かではない。
はそれが分かっている。
そして自分の存在が周囲の悩みの種になっていることを何より忌み嫌った。
「猫は死期を悟ると姿を消しますね」
「…あぁ」
幼いとき近所に住んでいた野良猫を思い出す。
自分の持っていた菓子やらを与えて、親に隠れてこっそりと世話をしていた猫だ。
懐いていたとはいえ、やはり野良は野良。
気紛れにすり寄ってきては、ふらりと去っていく。
オレにはそれさえ可愛く感じられて、何かと気にかけていた。
しかしある日突然に姿を見せなくなり、数日後冷たくなった姿を少し離れた場所で見つけた。
その時の謂いようのない虚無感は今でも覚えている。
「私も猫みたいに、誰にも迷惑を掛けずに死にたい」
「…」
「でもね、私にはこの針を引き抜く意気地も、点滴台を投げ捨てて逃げ出す勇気も無いんです」
惨めですよね、とても、と薄い唇を三日月に歪めて自嘲する彼女を見て
自分はまた何も出来ないのかと腹が立つ。
「死んでもとか、言うなよ」
「え?」
「死んでもいいなんて、思うなよ」
本当は生きたいと誰よりも強く願っているくせに。
「お前が手術室から出て、目を開けて一番最初に見るのはオレの顔だ」
勝手に眠るなんて許さない。
病人とは到底思えないほど艶やかで白い頬に手を遣る。
目が合うと照れくさそうに頬を朱に染めて、今度は幸せそうに微笑む。
「生きたいって、願えよ」
「…うん」
鳶色の瞳が潤んで、中に映るオレの姿がぼやけていく。
暖かな雫が一筋落ちて、彼女とオレの手を濡らす。
「ありがと」
「礼はオペが終わってからで良いぜ」
「…言ってから言わないでよ」
「また言えば良いだろ」
「そうだね」
無言で約束を交わして、静かに影が重なった。
(この温もりが消えてしまわないように)
08.4/18 外山先生を模索中。会話が少なくて泣ける。