「なー、あの男のドコが良い訳?」
「ん、大丈夫。私も外山の女の良さがサッパリ分からない」

これは世にも奇妙な共同生活が始まってから数日が経った或る日の会話だ。
オレには一応付き合ってる女がいて
(一応というのは本命じゃねーから)
コイツにも彼氏が存在する。本気かどうかは定かではないが。
不思議な事にオレの女関係の悪さを知っておきながらは心地良い無関心で許容している。
そこがコイツを気に入ってる理由の一つ。
お互い割り切って自由にやっていける。合理的なのが一番だろ?
さて、そんな感じで恋愛感情など全く匂わせないオレ達の生活は
同棲とも言えず、居候とも言えない至極曖昧なもの。
それでも悪い気はしないし害は無いので、それはそれで良しとしたい。

いつものように深く腰掛けた医局のソファでコーヒーを飲んでいると
携帯電話のバイブ機能が作動している様子。
”Eメール1件”と表示されたサブディスプレイ。その下には仮初めの恋人の名前。
面倒な事に仕事帰りに寄る場所が出来てしまった。
盛大な溜息を吐くと朝田が怪訝そうな顔でこっちを見た。

「今日帰り寄るとこ出来ちまったから飯は適当に食っとけよ」
「私も今日行くところあるから、平気」
人気のない廊下の真っ白なリノリウムの床の上で佇む。
は、ぼーっと窓ガラスに叩き付けられる雨粒を見つめていた。
お互い、この雨の中でわざわざ遠回りして帰宅の路を辿るのは煩わしいことだ。
オレは壁に背を預けて、視線は斜め上の天井へ。
「めんどくさい」
「…ほんとにな」

そして案の定だが彼女から別れを告げられるオレ。
「私の事なんてどうでもいいんでしょう?」なんて。
よく分かってんじゃん、ご名答。
それにしても自分のこと棚に上げるのが女の性ってやつかね。
この女が欲しいのはオレじゃない、医者という肩書きを持ったカレシ。
別にオレだってお前なんか欲しくないんだぜ?
そっと席を立って、女の横を通り過ぎる瞬間、横目で盗み見た黒い髪。
そういえば、こいつの髪が気に入って付き合い始めたんだっけか。
すっかり忘れていた。
口には出さないで「サヨーナラ」と吐き捨てる。
店を出たときには、何故かすっきりとした気分になっていて
早くの顔を見たくなった。
(そんでうまいコーヒー淹れてもらおう)(病院のはダメだな、やっぱり)
きっと家には、まだいないだろうけど。

「おかえり、外山」
「…なんでお前いんの、早くね?」
「アンタこそ帰り早くね?彼女んとこ行ってきたんじゃないの」
「あー…」
キッチンからは香ばしい独特の香り。
なかなか痛い所を的確に突いてくる彼女の一言は偶然か計算か。
「喧嘩でもしたの?」
しばらくすると湯気を燻らせた二つのカップを持ったが困ったような笑顔を浮かべながらオレの隣に座った。

「はい、どーぞ」
「どーも」

テレビもついていない、静かな部屋の中でオレンジ色の照明が柔らかくオレたちを包む。
のんびりとした空気が流れていく。
「…別れてきた」
「…ん?」
「アイツと別れてきたんだよ」
大きな目を丸くして驚いてから、は笑った。
「どーせフラれたんでしょー?」
「うるせーな…」
あんな奴、別にいなくなったって大して変わらないと、オレの言いたい事は大概分かっているらしい。

「で、お前はどうしたのよ」
「私も別れてきたんだよ」
「…は?」

右隣に座る彼女を凝視。今なんて言いました?
そんなオレを全く意に介さず、ゆったりと優雅にカップを傾ける
諦めてもう一度視線を戻す。恐ろしくマイペースな女なんだ、コイツは。

「お風呂入ってこよ!」

軽やかに立ち上がって暗い廊下に消えていく。
オレはそんな後ろ姿に揺れ動く黒い髪を見つめていた。


08.4/11 分かりづらいですが外山さんは無意識にちゃんに重なる人ばっかり付き合ってます。