広い部屋に2人の男女がいた。男はソファに座り本を読んでいる。
一方の少女は、広い天蓋付きのベッドの上で長い手足を投げだし退屈そうに寝転がっている。
長い睫毛で縁取られた大きな瞳は獲物を見つめる猫の様に、真っ直ぐ男を見つめていた。

(ケルベロス、黙ってればカッコいいのに)

ケルベロス…つまり彼女の視線の先にいる男のことであるが、怪しい笑い方と猫背、真っ黒なスーツ姿。
脈を計るという独特の癖から、周囲の人間から完璧に「不気味な人」として認識されている。
彼がそれを気にしているのかいないのかは定かではない。
さてその彼だが、長い足に細身の均整のとれた長身。
目鼻立ちの整った顔に、癖のある真っ黒な髪と、一見モデルの様な容姿の持ち主でもある。
問題は、それを滲ませている「怪しさ」だ。

(口笛吹くし、七つの子だし、音ずれてるし…)

少女は昔、男に音程のずれを指摘した時の事を思い出していた。

(…あの時は一週間まともに口きいて貰えなかったんだっけ)

彼女は、そのとき彼の執念深い性格を初めて知ったのであった。
もう二度と言うまいと誓ったのは言うまでもない。
もったいない、実にもったいないと、少女は溜め息をつく。
ころりと寝返りをうって、広い天蓋を見つめた。
物心ついた頃から、二人はずっと一緒にいた。
大勢いる祖父の部下や使用人たちの中でも、特にこの男が、彼女は好きだった。
理由は彼女自身にも良く分かっていない。ただ一緒にいると妙に落ち着くのである。
幼い時の思い出を、引き出しの中からひとつひとつ取り出していくと
やはり、どれを取っても彼は自分と共にいたことに気付く。

(…あ…)

少女は瞳を少し見開いて、弾かれたように上体を起こした。
背を向けていた男の方へと向き合う。
目が合った。

「如何なさいました?様」

先ほどから溜め息ばかりなさっていますね、と彼は笑った。いつの間にか、視線は本から外されていて
本は既に閉じられていた。おそらく、それをしたのは随分と前の事だろう。
則ち、彼が見つめていたのは、本ではなく、彼女。

「…いつからそうしていたの」
「いつからだったでしょう…忘れてしまいましたね」
「悪趣味」「なんとでも」

悪態を吐きつつも少女は微笑んでいた。

(やっぱりお前は、そのままでいいわ)


08.2/16 何がしたかったんだか、さっぱりですね。