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「今年はお花見できなかった…」 隣でぽつりと呟いた彼女を見た。つい数週間前までは悠然と咲き誇っていた淡い紅色の花弁たちは黒いコンクリートの上で無残にも踏みつけられ茶色く変色している。 街路樹は若葉を混じらせた不可思議なコントラストで街を彩っていた。 「別に花見なんてする必要ないだろ。毎日見てるじゃねぇかよ」 正直言うと毎年恒例の風景に彼は若干飽きていた。桜は咲いているときだけ美しくて。散れば道行く人々に蹂躙され、夏になれば他の木に紛れてしまう。そんな風物詩に興味を持たない外山にとって春はただ 眠気を誘う陽気を運んでくるものでしかなかった。 先の発言によって大きく目を見開いたは憤然とした様子で言い放った。 「外山には風流心が足りない!」 「あったからって何て事はないだろーが」 「つまりアレよ、精神的な余裕が無いのね」 「はぁ?」 「寂しー、外山せんせ」 小馬鹿にされた事に腹を立てた外山は歩調を早めて前だけを向いて歩く。 (…なんで車じゃねぇんだよ) 暖かいし、たまにはゆっくり歩いて買い物でも行こうよ、と言い出したに渋々付き合った結果がこの有り様で。 両手には今晩の夕食になるであろう食材が入った半透明のビニール袋が握られていた。 (たぶん今夜はシチューだ) 赤なのか、オレンジなのか、なんとも謂えないグラデーションの空とうっすらとかかる雲が美しかった。 そんな優しい光が落ちる地上で他愛ない口喧嘩を繰り広げる二人。 「ちょ、待って!」 「誰が待つか」 「あれくらいで怒んないでよ!」 「うるせー!」 良い年の大人二人が罵り合いながら足早に駆けていく姿は滑稽以外の何者でもない。 それから数分が経った。 外山の後ろを追いかけるように歩いていた小さな足音が消えた。 「…?」 振り向けば、少し離れたところにしゃがんでいる人影が見える。 「なにやってんだよ、お前はぁー!」 最悪だ、この女。 自分のペースを乱されていることに加えて足元でガシャガシャと忙しなく音を発しているスーパーの袋にイライラは増長されていく。 小さくなったの影は遊歩道の脇を彩る生垣の下へと手を伸ばしている。なにがしたいんだか、さっぱり分からない。徐々に大きくなっていく彼女の姿に彼が罵倒を浴びせようとした瞬間。 「みて!外山!」 怒る気も失せる様な笑顔で彼女が抱き上げたものは 「…ねこ?」 「うん、猫だね!」 「見りゃ分かるっての」 「…ごめんなさい」 彼女の両手の中で猫が、にゃぁ、と一声鳴いた。白と茶の混じった少し長いふわふわとした毛の持ち主。 まだ子猫だ。 「かわいいなぁー」 腕の中の猫を擽るように撫でる彼女と仏頂面の男。嫌な予感がする、と外山は思った。 「ねぇねぇ、かっ…」 「飼わねぇよ?」 「えー」 「子供みたいなマネするんじゃないですよ、お嬢サン」 いつの間にか手放した食材たちはアスファルトの上へ。自由になった右手は子猫の頭に乗せられていた。 猫に罪はない。 「なんでよ、外山だって猫好きじゃん」 「2人とも留守にしてる時はどうすんだよ」 「げ、ゲージ的な何かを、買えばいいじゃないですか」 「てかコイツ飼い猫だったらどうするわけ?」 「首輪ないじゃん」 喉元を撫でればゴロゴロと喉を鳴らして目を細める。 「…ダメ。ウチにはもう一匹ペットいるから」 「は…?」 「お前だよ、お前」 にやにやと厭らしい笑みを浮かべながら首を傾げてを見つめる。 「うぜー!!!」 「誰に向かって口利いてんのー?」 そのまま距離を縮めていけば、咄嗟に彼女が目を閉じる。 …はむ。 「ぅ…ひゃあ…!?」 「ばーか」 口付けるかと思わせて、外山は黒い髪の合間に覗く白い耳を甘噛みしたのだった。 「さ、最低…!!」 「ナニ期待してんだよ」 「うわぁ、誰かこの人捕まえて!」 涙が表面張力によって、なんとか瞳の中に収まっている。 (そんな顔で睨むなよ)(襲うぞ?) 「…今のお前の反応に免じて許してあげマス」 「…え!?」 「その代わり、今夜は辛いぜ?お嬢サン」 先ほどの赤い顔から、さっと青ざめた彼女をよそに腕の中の子猫はまた一声にゃあと鳴いた。 08.4/24 なんだかんだでちゃんに甘い外山先生です。丸々一年前に書いたものを今更うp |