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「…?か?」 「え…?ふ、藤吉先輩ですか?」 お久しぶりです!と木漏れ日のように笑うその笑顔は昔と全く変わっていなかった。 俺が2年先に大学を卒業して、医者として働き始めてからずっと会っていなかったのに こうして彼女をすぐに見つけ出すことが出来たのも、まぁ…なんだ。 好きだったから、なんだろうな。 明真のロビーで俺は大きな封筒をいくつか抱えた彼女を見つけた。 声を掛けると子犬のようにパタパタと駆け寄ってきた。本当に相変わらずだな。 「お前、どうしてこんなところにいる…どっか具合悪いのか?」 「…昔から冗談なのか本気なのか分からないですよね、藤吉先輩」 「今のは割と本気で心配してたんだがな」 「ふふ、お仕事です」 先輩こそ心配性なのは変わりませんね、と美しく彩られた唇が弧を描いた。 話を聞けば彼女は都内の病院で医者をしているという。持っていた封筒は 明真から勤務先の病院へ転院する患者に関する書類らしい。 「仕事帰りのついでに取りに来たんです」 「そうか…、これから暇か?」 「はい、特に予定はありませんけど…」 「久しぶりに会ったんだ、飲みにでもいかないか?」 俺も今日は早く仕事が終わったので、久々にゆっくりしようかと思っていたのだ。 急な誘いにも関わらずは二つ返事で了承してくれた。 外を見れば群青とオレンジのグラデーションが美しい時刻だ。夕飯を食べつつ 飲みにいくには良い頃合だったのだ。 広々としたロビーを抜けて駐車場へ出ると彼女は小さく「あ」と声を洩らした。 「せんぱい、車、どうしましょう」 しまった、と自分でも間抜け過ぎて笑ってしまいそうになった。 代走を頼めばいい話ではあるが面倒なのは確かである。 明日の仕事のこともあるし、の都合もあるだろう。 さて、どうしたものかと炎天下の中で二人佇んでいると、ふと案が浮かんできた。 問題は彼女が承諾してくれるかどうかで。 「、うちで飲まないか?明日の仕事は俺が送っていく」 「…へ?!」 「あ、いや、悪かった。もし良かったら、だ」 「・・・・」 お互い良い歳だ、にも旦那や子供がいたっておかしくない。 大学の友人たちの情報網で、色々聞くこともあるが彼女が結婚したとか そういう話は耳に入っていないので一応言ってみたが相手がいても なんら可笑しいことはない。むしろいない方が無理がある。 少し軽はずみすぎたかな、と自嘲するとはあっさりと 「いいんですか?」と瞳を見開いて聞いてきた。自分で言っておきながら少々戸惑う。 「娘さん、いらっしゃるんじゃ…?」 「あぁ、今は学校の合宿で留守にしてるんだ」 「でしたら…」 お邪魔します、と。少し、罪悪感が芽生えた。 俺だって男だし、離婚しているとは言え学生時代に好きだった女を娘の不在に 家に連れ込むだなんて…自責の念と共に押し寄せるのは誘惑。 「娘さんに内緒でお父さんを独り占めするなんてちょっと悪い気がします」なんて お前は本当に昔から勘が良いというか鋭いというか。 夕飯と酒の準備の為に買出しに寄って、いつもと同じようにくぐった我が家のドアは 妙に重々しく感じられた。 「せんぱい、わたしね」 食卓には酒の肴とワイングラス、そして何本かのボトルが置いてある。 中には空になったものもある。飲みすぎたみたいだ。 隣には心なしか頬が紅潮したの姿があった。 近況報告から始まって大学時代の昔話、話は尽きなかった。 もうずいぶんと長い間話していたらしい。 ふと、一瞬の静寂があたりを包んだ。彼女は続ける。 「こうやって先輩と会えるようになるまで、ずっと悩んでたんです」 心の準備、というか、なんというか。 どんな顔をして会ったらいいのか分からなくて、わたし、さっき 昔みたいに笑えてましたか? 最初は意味が分からずに狼狽するばかりだった。何を言っているんだ? どうして、そんな事で悩むことがある。 あの笑顔は、何を隠していた? 「ずっと、好きだったんです」 何かが崩れていく音がした。 |