(遅いなぁ…ヨコヤさん…)

広いベッドの上で寂しさを紛らわすように大きな枕をぎゅっ、と抱きしめた。
部屋は怖くなるほどに静かで、調えられているはずの室温にも関わらず
何故だか薄ら寒く感じる。久しく一人だけの生活から離れていた為だろうか。
時計を見ると時刻は27時。ヨコヤさんが出て行ってから、もうすぐ半日が経とうとしている。
さすがに眠くなってきたけど、なんとなく寝てはいけない気がして軽く頭を降って目を醒ます。
もうちょっとだけ、待ってみよう。



「…はい…分かりました…」
「…ヨコヤさん、どうかなさいましたか?」


忌ま忌ましそうに顔を歪ませながら、ヨコヤさんは携帯をぱちん、と閉じた。
彼がそうするとき、電話の相手は決まっている。
私は会ったことの無い、あのひと。
答えは既に分かっていたけど質問せずにはいられなかった。

「出来れば行きたくないのですが…少し、出掛けてきます」
「はい」

ヨコヤさんは長い睫毛を少し伏せて、小さく溜息を吐いた。
何時もより声のトーンが少し低い。やっぱり電話の相手は、あのひとだったみたいだ。

「…良い子にしてて下さいね?」

そう言ってヨコヤさんは私の頭を撫でて、額にキスをした。
反射的に目を閉じる。少しくすぐったい。
再び目を開けたらヨコヤさんが笑ってた。

「可愛いですねぇ、貴女は」
「な!子供じゃないんですよ!」
「…ふふふ」

さんが寂しそうな顔をするものですから、つい。
そういってヨコヤさんはもう一度、私の頭を撫でた。
…やはり子供扱いされている気がしてならない。


昼間のやりとりを思い出して、少し自嘲気味にひとり笑った。
こうして彼の帰りを待っている自分は、やはり子供のようだと思った。



さん…?」

朝、彼女の家(…正しく言えば私が与えた牢獄のようなものですが)に帰ると
さんは布団も掛けずにベッドの上で丸くなって眠っていた。
ぎゅっと抱きしめられた枕に、少しあどけなさの残る寝顔。
長い睫毛が白い肌に影を落としている。

(…待っていて、くれたんでしょうか)

ふと思った瞬間、まさか、とその幸せな幻想を打ち消した。
彼女は私の所有物であって、そこに愛などという暖かなものは存在しないのだ。
この感情は私の一方的なベクトルでのみ成立している、否そうでなければならない。
何処に自分を監禁する男を愛する女がいようか。

「…ヨコヤさん…」
「…!」

小さな唇から紡がれた、自分の名前。聞こえるか聞こえないか程の声にも関わらず
こんなにも動揺している自分がいる。愛おしいと、思ってしまった。
ベッドに腰を下ろせば、ぎし…と音をたててスプリングが軋む。
綺麗な髪を一房掴んで、そっと口付けた。

「ん…ヨコヤ…さん…?」
「あぁ…起こしてしまいましたか」
「んぅ…」

ゆっくりと目蓋を開いたさんに驚いた事に、極力気付かれぬように冷静を装う。
最も寝起きの彼女にとって、それはあまりに卑小な虚勢だったのだろう。

「…おかえりなさい…」
「…っ!?」

視界が暗転した刹那、背中に軽い衝撃。首元に巻き付かれているのはさんの細い腕で。
つまり私は抱きつかれた勢いでベッドに倒れ込んだ訳である。
予想外の展開に少々まごつきながら、たまにはこういうのも良いかもしれないと
暖かな体温に包まれながら目を閉じた。

(この時がずっと続けばいい。なんて陳腐な科白、貴女は嗤いますか?)


美しい悲劇の中で 幸せだと微笑った