玄関を開けると、見覚えのない靴が置いてあった。
白い男物の靴だった。
合い鍵を渡してあるような人物も思い浮かばない。
そうとなると、この靴の所有者はいったい誰なのか。
この恐怖すべき状況下にも関わらず、私の脳が発した感情は不思議なことに確かな苛立ちであった。
別に私に精神的障害があるとか、そういうことではない。
きっと大学の課題で忙しかったり、同じ大学の心理学部の友人に相談してみたけど
「自分の課題くらい自分で考えろ。第一、俺とお前は学部違うだろ」と一蹴されてしまったり
(だって君は頭がいいから!ちょっとは私に優しくしろ!)
そんな切羽詰った状況に加えて予期せぬ侵入者が現れたからだ。

「…どちらさまですか」
リビングに向かうと、やはり見覚えのない男がソファに腰掛けていた。
ソファは廊下に背もたれを向ける形で配置してある。
つまり男は、私に後ろを向く形で座っている事になる。
私から見えるのは白髪の後頭部。
しかしながら老人の持つそれではない。この男は何者か。
「…あなたは愚かですね」
訪問者から発せられたのは、私が考えていた質問に対する返答などではなかった。
「はい?」
「普通、家に知らない人物がいて、なおかつ自分の存在に気づいてないとしたら
 話しかけずに逃げ出すなり、警察に連絡するなりするでしょう」
彼の話したことに間違いはなかった。間違いではない、けれども
「勝手に他人の家に侵入するような方に、常識を諭されるなんて心外です」
すると男はこちらへ振り向いて、私を見た。
目が、あった。
緑と茶、異なった色の双眸。
オッドアイだ…カラコン?とか呑気に思った私は、なるほど、この人の言う通り愚か者なのかもしれない。
「今日から、貴女は私の所有物です」
前言撤回しようと思う。私なんかよりこの人の方がよっぽど可笑しいですね。
(絶対普通じゃないよ、この人)
ああ、この人の言う通り黙って警察に通報すればよかった。

「…は?何を言って…」
「コレを見なさい」
(見なさいってアンタ)
私を廊下からリビングに来るように促したあと
向かい合うようにして座った私に、男の手は一枚の紙を差し出した。
そこには、私の両親が書いたであろう直筆のサイン。
契約書のような物だろうか。
「理解できたでしょうか?貴女のご両親は私に借りがあるんです…金額、知りたいですか?」
「…いいえ結構です」
つまり、男の笑みが意味しているのは、その借りが今の私が到底払えない金額であるということ。
しかし問題はここから発生する。
どうしたらいいのか。払えないということは。
「もし払えない場合…どうなると思います?」
白い男は、それはそれは幸せそうに目を細めている。
猫に似ているなぁ、と思った。
「分かりません」と正直に答えを仰ぐと、何故か男も困った顔をした。
この光景はさぞかし滑稽なものだろう。
「…最初は適当に売り飛ばそうかと思っていたんですよ、貴女を」
さらっと法律アウトな犯罪発言しましたね。おぉ怖いな。
「でも…貴女、なかなか面白そうなので…それはやめにしましょう」

その後の発言で、私の人生は大きく変わる事になる。

08.3/9 ヨコヤさん好きだ。ちなみに心理学部の友人=秋山くんです。