「…相変わらず悪趣味ね。」
「んふふ、芸術ですよ、これは。」

建物が犇めき合う暗い路地裏の一角には殺伐とした空気が漂っていた。
無機質なコンクリートの壁に背中を預けた女の白い手には、数枚の書類が入った茶封筒が握られていた。
一度目を通したであろうそれに再び一瞥を投げた。

「盗み見ですか?」「検閲よ。」

近頃のあんたの行動は目に余るってユリエ様に言われたものだから、と
その一言に男は顔を歪めた。

彼女にはケルベロスが全く理解できなかった。
何を以てして芸術と謂うのか。それは個人に因って大きく異なる。
にとっての芸術犯罪とは、密やかに完璧に行われるもの。
ケルベロスにとっての芸術は…分からない、分かりたくもない、と彼女は思うのだった。
態々自らを追いつめるように危ない橋を渡る彼の計画は見ていて到底安心できるものではない。
然し当の本人はその重圧すら楽しんでいるようであった。
愉快犯、という言葉が彼には最もよく似合う。
不安定な口笛を響かせながら黒装束でふらふらと歩く姿は死神か。

嘗て一度だけ彼の頭の中を覗いてみたいと願ったことがあった。
今思えばそれは酔狂以外の何者でも無い。

そんな昔の自分に小さく舌打ちをして踵を返す。黒髪が宙を舞った。

「…ふふっ」「何が可笑しい」

背中に聞こえたいつもの不気味な笑い声に柳眉を顰めながら視線だけを彼に遣る。
冷たい風がビルの隙間を通り抜けていく。

「貴女は私が嫌いなんですねぇ…ふふ」
「そう。アンタなんか嫌いよ」

当たり前の事言わないで、と言わんばかりに苛立たしげに言い放つ。

「…私は好きですよ、さんのこと」

一瞬の沈黙を破ったのは、重なったダンボールの上にバサリと置かれた封筒だった。
そうしてかつん、かつん、遠くなっていくヒールの音に耳を澄ませながら
誰もいなくなった路地裏で一人、男は短く笑った。