今時では珍しい大きな平屋のお家にある、大きなお庭には

よく手入れのされた梅の木や松の木が植わっている。

他にもあるのだけれど、植物のことなどよく知らない私は

それくらいしか分からない。それでも私はここが大好きで

こうして縁側に腰を掛けて、足をぶらつかせながら

庭を眺めるのがいつのまにか日常になっていた。

ここはなんだか、現実の世界じゃないみたいな気分にさせられるのだ。

学校に向かう通学路にあるこの家は、まるで異空間にあるかのように

いつも静かで、清らかな空気で満ちている気がする。

ずっとずっと気になっていた。どんな人が住んでいるんだろうって。

きっと白髪がたくさん生えた御爺さんなんだろうな。

それとも御婆さん?老夫婦かな?

私の好奇心を擽る未知の住人は、ある日、拍子抜けするほどあっさりと

目の前に現れた。去年の春の日だったのを覚えている。


「…やっぱりここにいたんですか」

「ん、夏の庭も良いね」

「ふふ、そうですね」


すっと流れるような動作で本田は私の隣に腰を下ろした。

暑いだろうに、着流しを着ている。初めて会ったときも着物を着ていた。

一方私は学校の夏期講習の帰りだったから、セーラー服を着ている。

本田曰く「少し短い」スカートから伸びた足は

やはりだらしなく投げ出されていた。

前々から女性なのだからもう少し慎みを持ちなさいと本田から

小言を言われることがあった。私からしてみたら

そこら辺にいる女なんかよりも本田の方がよっぽど

大和撫子だ。勝てる気がしない。


(私は、国、なんです)


いつの日だったかぽつりと呟かれた言葉が、ふと頭に浮かんできた。

本田は、人間ではなく国なのだそうだ。

だから歳も取らない。この国が出来てからずっと生きているのだと。

最初はよく分からなかったけど、最近はよく分かってきた。

本田が言うのだから、きっとそうなのだ。

だから私たちの知らないことを、彼は知っている。

否、私たちが知っているはずの事の真実を彼は知っているのだ。

この世界は本当に難しくて、自分はなんて小さな存在なのか

思い知らされているようで悲しい。

特にこんな夏の日は、



「本田ぁ」

「なんですか?」

「私はこの国が大好きだよ」

「・・・さん」

「・・・なに」


「ありがとうございます」


そして、ごめんなさい



言い様の無い虚しさに胸の辺りがきゅうとなった。夕焼けが目に痛い。

空が赤い。涙が出そうになったけれど、目を逸らしてはいけない気がして

きっと前を見据えた。

この世界はとても難しくて、複雑だ。

私は目の前の男を支えてあげられることができるのだろうか。

そうするにはまだあまりにも無力だと思い知らされる。

特に、こんな夏の日は。