彼女の赤い唇が離れる。鉄分の味が口内に広がった。切れてはいないだろうが舌がひりひりする
(舌を噛むなんて、酷いな)
口付けで攻めてみても彼女の仏頂面は変わらなかった。

白いレースのカーテンが分厚い雲に隠れた太陽の光を申し訳程度に射し込ませる薄暗い部屋の中で
彼女から発せられている刺々しい空気に堪えかねて俺は一人狼狽していた。
理由は分からない。寧ろ機嫌が悪いのかどうかも分からない。
窓の外は横殴りの雨だった。アスファルトを叩き付ける水の音がする。
暇なのだろうか。彼女は退屈が嫌いだから。
ならばこの重々しさは何だというのだろう。

彼女と過ごす時間の内、沈黙は存外多くの割合を占めていた。
俺達は互いに無口な方ではない、かと言って饒舌かと問われれば答に困ってしまうのだが
二人の間に流れる沈黙は俺にとって不思議と心が安らうものであったし
も特に苦とする様子も無かったので良しとしたい。


「…」

嗚呼そろそろ止してくれ。どうしたらいいのか解らないんだ。
不意に彼女が此方を向いた。深い黒に映った情けない顔の自分に笑いそうになる。
それでも彼女の表情は変わらなくて優しい鈴の音で俺の名前を呼んでくれる事もなかった。
白い紙に零してしまった墨汁が滲んでいくように不安は広がる。
俺の困惑もそろそろピークを迎えそうだ。思わず俯く。
きっと彼女も既に窓の外を眺めている。先程よりも大きくなった雨音が耳に痛い。
ぎし、とスプリングが軋む音がして暖かさに包まれる感触がした。

「…藤吉先生」
「お前、」
「ごめんね」

先生の困った顔好きだから、ちょっと意地悪してみたくなったんです。

「…怒っても良いか」
「…ごめんなさい」
「赦さん」
「ごめんなさい!」

部屋には再びぎしぎしと軋む音がして、衣擦れの音と小さな悲鳴が響いた。

「や、だ…!」
「お仕置きだからな、きっついぞ」

この雨も夜中にはやむだろう。


雨を見くびるな