なかなか寝付けなかったある真夜中の出来事だった。
私は暖かになりすぎた寝床を抜け出し、冷蔵庫のドアを開いて冷えた缶ビールを飲んでいた。
妙に目が覚めてしまっていけない。
こ れは確実に朝日をこの目で拝むことになるだろうと覚悟して、また一口炭酸を流し込む。
その時だった。
玄関の鍵が差し込まれて、開く音が静かな部屋に響いたのだ。
合い鍵を渡してあるのは、ただ1人。

「…門次、」

暗い廊下から浮かび上がる金髪が、どすどすと不機嫌な足音で近付いてくる。
そのまま無言で目を合わせることもなく抱き締められた。
私の首元に顔をうずめて、ただひたすら静かに、腕に力を籠める。
二人分の重さにソファのスプリングが悲鳴をあげた。

「門次、痛いよ」
「…」

我ながら情けない彼女だと思う。
何かあったの?なんて聞く勇気なんてないんだもの。
臆病な私に出来るのは、門次の背中に腕を回して抱きしめ返す事だけだ。
夜泣きする子供をあやすように背中をぽんぽんと叩く。

「…大丈夫だよ」
「…」

さっき見た彼の表情が思い出された。
(泣きそうな顔してるくせに、泣かないのね)
もしかしたら泣けないのかもしれない。
彼の闇の深さに足が竦んだ。

「…俺さぁ、弱いから…何かに頼らないと生きていけないみたいだぁ…」
「え…?」
「変な夢見ちゃったぁ…」

俺の髪がまだ黒かった頃の夢。

「目が醒めたらさ、怖くて1人じゃいられなくてさぁ…」
「…」
「なっさけねぇよなぁ…」

人を殺したこの両手でお前に触れるなんて、赦される訳ないのに。

その一言に私は彼の腕を離れ、その両手を私のそれで包んだ。
冷たいけどあったかい、私の大好きな門次の手。

「門次が触れないなら、私が触れるよ」
「…」
「門次が弱いなら、私が強くなるよ」
「…」
「ねぇ、それじゃあダメかな」

はは、と小さく肩を震わせて彼は笑った。
まだ顔は俯いたままで表情は見えないけど、きっとまだあの泣きそうな顔のままなんだろう。

「ダメだよ、それじゃちゃんばっかり辛くなるよ」
「それで良い…それが良い」
私は無意識に手に力を込めていた。ごめんね、痛いよね。
「…なんでお前はそんなに優しいんだよ…」
ぱた、と私の右手に温かい雫が落ちた。
もう一度、今度は私から門次を抱き締める。
いつしか彼から発せられる空気が柔らかくなっていた。
(…落ち着いたのかな)
どれくらい経ったのか分からないけど、穏やかな時間だった。

「…もうちゃんだけ居ればいいよ」
「…恥ずかしいなぁ」
「2人でこうしていられるなら、それだけで何もいらない」

ちゃんだって、そうでしょ?」

やっと私を向いてくれた門次の表情は、弱々しかったけどすごく優しい笑顔だった。


sweet soul


08.4/26 荒瀬には不定期的に鬱がやってきそうな気がする。