先日の化け猫(あの金髪麻酔医だ)事件の記憶が薄れかかってきたある日のこと
私は廊下ですれ違った鬼頭先生からお使いを頼まれた。
「胸部心臓外科の加藤に、これ、渡しといて」
鬼頭先生の細い指から手渡されたのは、よく見る大きな封筒であった。
おそらく、結構な枚数であろう、見た目と釣り合わない、ずしりとした重さを感じた。
何故、わざわざ私に頼むのか、というと…理由はそれだけじゃないと思うが、私と加藤先生が同期だからである。
もっと言ってしまえば、同じ中学を卒業している。
(しかも3年間同じクラスだった)
この3年間、彼女にとっては消し去りたい記憶であろう。
なぜなら私が一方的に気に入っていた為、何かとちょっかいを出していたから。
どうも私は、男女問わず、ああいう気の強い美人さんに弱いらしい。
同じく明真で再会した時の、あの驚いた顔は忘れられない。
私の粘り強いアプローチ(…といえば語弊があるが)の成果は無ではなかったらしい。
そこら辺の輩に比べたら、仲の良い方に分類されるんじゃないかと思う。
「アキラちゃん!これ、鬼頭先生からだよ!」
「その呼び方止めてって言ってるでしょ…」
これが私達が会った時の恒例の会話である。
お互い時間がある時は、そこから他愛の無い話をしたり、お茶を飲んだりするのだが
生憎アキラちゃんは忙しいらしく書類を受け取ると、すぐに教授室へ駆けていってしまった。
(野口に呼ばれているらしい)(マジで殺す野口)
ああ、目の保養になったなあ、なんて思いながら精神科病棟までの帰路を辿っていると
「おい、そこの精神科医」
声を掛けられた、が、声の主が見えない。
周りを見渡せば、患者さんや御家族の方々が過ごす小さな広間があった。
黒いソファが数個、置いてあって、その中の一つから白い手首が見えた。
ひらひらと自分の居場所を知らせるように揺れている。
「ああ、あの時の化け猫か」「にゃははー、ひどいねー」
彼の横たわるソファへ足を進めて、それと向かい合う真正面のソファに座った。
まさにニヤニヤという言葉がぴったりな笑顔を浮かべている。
(さてはお前、チェシャ猫か)
「荒瀬門次」「え?」
「鬼頭先生に教えてもらったの」
そう、あのあと、私は鬼頭先生の元へコイツを送り届けに行った。
自分で歩く気力が全く見受けられない彼の痺れを切らしつつ、首根っこを掴んで
飼い主を捜し回った訳だ。道中で出会った患者さんや医者達の視線が痛かった…。
そもそもの原因は、この男が自分が来た道を覚えていなかった事にあった。信じられない。
そして、オペ室に消えていく彼を見送りつつ先生に名前を教えてもらったのだ。
あの時渡したアイマスクは、現在、彼の頭上にある。
(あぁ…効き目、あったんだ)
荒瀬の隈が、少しだけ薄くなっていたから。
でも、それを言ったらもう付けなくなりそうだから黙っておいた。
「婆さんのパシりか」「パシり言うな!」
何故かそれ以来よく喋るようになったんだっけなぁと、数年前の出来事を思い出して苦笑いをこぼした。
(ちゃんどうしたのー?いきなり笑うとか気持ち悪いにゃー)
(ひどくない…?)
08.2/20 後半めんどくさくなってしまった…。アキラちゃんが好きすぎて困る。