初めて荒瀬門次と会話したのは私が明真に精神科医として正式に勤めてから少し経った頃だった。
精神科の診察室にいた私は、先程来た外来の患者のカルテを眺めていた。
酷い不眠症だ。原因はストレス。次の診察時に検査をする事になった。
治療方法は結果次第だが…これからの治療方針を決めようと頭を悩ませていたとき、診察室のドアがいきなり開いた。
そちらに目を向けると2人の男が立っていた…否、一人は立っていたがもう一人は
意識が有無が疑わしいほどに、ぐったりと背負われていた。鮮やかな金髪が目を引いた。
金髪を運んできた男に話を聞いてみるとコイツは精神科病棟の廊下をふらふらと歩いていて、いきなり倒れたらしい。
慌てた目撃者は一番近くに医者がいるこの部屋に、助けを求めに来たのだそうだ。
とりあえず、賢明な判断を下した彼にお礼を言って、金髪を引き取った。
診察室のベッドに寝かせて様子を観察してみる。


「…麻酔…?」


どうして麻酔なんか…頭上に疑問符を飛ばしながらも、この男をよく見てみるとコイツはどうやら医者のようだ。


「…面白すぎるだろう、お前…」
「…あぁ?だれだぁーお前ぇー?」


起きた。隈が酷い。


「…精神科のです」
「精神科ぁー?あはは、なんで俺こんな所いんのかなー」


やっぱり覚えてない。運ばれてきた事を伝えると興味無さそうに、ふーんと相槌を打ってから
ごろりと寝返りをした。コイツ、マジでここで寝る気だ。


「…不眠症。それと麻酔中毒」
「…だから何?診察してくれんの?」


こんな所で眠られたらたまったもんじゃない。不眠症とはいえ麻酔がかかっている状態だ。いつ寝てもおかしくない。
少しでも気を引かなければ。そう思った私が声を掛けると、彼は口の端を上げて自虐的な笑みを浮かべた。
目はなんだか野良猫のようだと思った。しかも人に懐かないタイプの。
なんか良く効くお薬ちょうだいよーと彼は言った。


「ダメ。麻酔に睡眠薬なんて、危なすぎる」


私は薬で症状を和らげることよりも根本的な治療を求めている。
睡眠薬というのは結構な依存性があるものだ。
飲み合わせが悪ければ凶器にもなる。


「ったく…なんだよーシケてんなぁー」「…あ」


私は診察室の棚に向かった。勢いよく引き出しを開くと、お目当てのものがあった。
そうして、それを金髪に向かって、投げた。


「うわっ……アイマスク?」「うん、アイマスク」


何だよ子供騙しじゃねぇかよぉーと言いながら、またごろごろと寝返りをうつ。ガキかよ。


「いやいや、個人差あるけど意外と効くみたいよ」
「何ソレ、適当言うなよぉー医者だろ、お前ぇ」

(コイツに言われたくは無いなぁ)

不眠症の患者というのは、結構いるもので治療方法も多々ある。それでも、悔しい事に薬で直すのがセオリーだ。が


「アイマスク使ってみたら少し良くなったっていう患者さん、いるんだよね」


馬鹿にすんなよ、と言って笑うと金髪も一緒に笑った。

路傍で拾った非日常

(じゃあ使ってみるわーおやすみぃちゃーん)(やっぱりここで寝るのかよ!出てけって!)


08.2/10 愛しの荒瀬ちゃん。可愛い。そして名前変換の意味がない。