大荷物を抱えた菊さんが帰ってきた。あの細い身体のどこにそんな力があるのだろう。
大量の本が入った大量の紙袋、そしてリュック。きっと相当な重量だと予想できるが
何故か菊さんはホクホク顔だったので心配する必要もないかな、と思う。
本の内容は気になるけど聞いちゃいけないような気がしてやめた。知らないほうが幸せな事が世の中にはある。
それから2日経ってから、フランシスさんが帰ってきた。
こちらも大荷物だったけれど、お洒落なキャリーバックをがらがらと引き摺りながら
凱旋帰宅したフランシスさんは一仕事終えた達成感のようなものに包まれていた。
「ただいまー!みんなのお兄さんが帰ってきたよ!」
「おかえりー、フランシスくん」
「お帰りなさい!」
「おかえりなさい!フランシスさんの分も買ってきましたよ!」
「…え?」
「merci!菊!」
「……。」
もう私は何も聞かなかったことにしたい。見なかったことにしたい。
菊さんがおそらく漫画が入っているであろう紙袋ごとフランシスさんに手渡した事なんて!
はぁあー、と溜め息を吐く私に向かってイヴァンさんは相変わらずの無邪気な笑顔で
「やっぱりみんながいると賑やかで良いね!」と話しかけてきたので私は複雑な心境で
力なく微笑んで頷くしかできなかった。貴方だけは純粋なままでいてください。切実に。
それからは各々自由に過ごしたけれど、みんな自然とリビングに集まってきていた。
色々あったけれどイヴァンさんの言う通り、みんながいると楽しくてあったかい。
今晩は久しぶりにフランシスさんが料理を作ってくれるみたいで私は今からわくわくしていた。
正直フランシスさんの料理を食べてしまうと外食したって全然美味しく感じない!
なんて罪作りなひとなんだろうフランシスさん。副業でレストランを開けばいいと思う。
顔だって良いんだから、きっと大繁盛するはずだ。
そして私は菊さんが入れてくれた美味しいほうじ茶を飲みながらぼぉーっと天井を見詰めていた。
(ちゃんの夢ってなぁに?)
夢、かぁ。と私は先日のイヴァンさんの言葉を思い出して小さく息を吐いた。
そう、私は所謂将来の夢というものを考えあぐねている学生なのである。
正直この歳になれば“夢”なんて生ぬるい言葉など、とても口に出せるものじゃないのだ。
食べていく手段、社会的な肩書き、安定、そういった冷たくて無機質な言葉ばかりが
頭に浮かんでは消えていく。いつからこんなにいやな事ばかり考える頭になったんだろう。
そして、そんな甘いことばかり言って駄々を捏ねる程の時間も残されていないことも分かっているのだ。
「おや、どうしました?元気がないですね?」
「え!あ!そんなことないですよ!ちょ、ちょっと大学の課題で疲れちゃって」
「…そうですか。しっかり睡眠をとらないと駄目ですよ?」
「は、い。」
菊さんは、本当に目聡いひとだ。きっと彼にかかれば嘘なんて無意味だ。
さらりとした真っ黒な髪をそっと耳にかけながら菊さんはふっと微笑む。
聖母、そんな言葉が浮かんだ。
「力になれることがあったら、気兼ねせずに言うんですよ」と言った菊さんに
鼻がつんとしたのは内緒だ。
「はぁ〜…じゃあは今男ばっかりのマンションでルームシェアしてるん?」
「まぁ…そうなります…」
「アホかアンタ!!もっと危機感持ちや!」
「だ、だってみんな凄い良い人だし優しいし経済的にも助かるんだもん!」
「だからアホや言うてんねん!」
「すみません…」
翌日、私は大学の友人が絶賛するカフェへ強制的に連行された。
暇を持て余した彼女の標的はどうやら私へ向けられたらしい。もっとも私も同じく暇だったので
二つ返事で承諾したのだが、目的地に到着するや否や目の前でぷんぷん怒っている愛らしい友人は
顔に似合わない勢いで盛大にテーブルを叩きつけた。
机上の陶器たちがカシャンと小さな悲鳴をあげる。それでも友人の憤りは収まるところを知らないらしい。
怒りの第一波に比べれば幾分控えめなテーブルへの攻撃に合わせて彼女のゆるりとしたウェーブのかかった髪が
肩のあたりで揺れている。
「襲われたりしたらどないすんねん!その不動産屋もメッチャ怪しいやろ!
世の中なぁ、そんな虫のいい話ないねんで!盗撮とかされてへんやろな!?」
「ばっ、声大きい!」
「そんなの関係あらへん!」
周囲の目が大変痛いのですよベルちゃん。隣の席に座る奥様方が無遠慮な視線を向けてくる。
きっと私は彼女たちの世間話の格好の餌食になるんだろう。最近の若い子は、なんて言われたりするんだろう。
ベルちゃんもそれには悪いと思ったのか、うっと小さく呻き声を零してから咳払いをして私に言った。
「とにかく、なんか危なくなったら直ぐにウチに連絡すんねんで。
本当にその人らが良い人でもな、アンタが置かれてる状況は世間一般からしたら異常やってこと
忘れんときや。なんかあってからじゃ遅いねんで」
「…はい」
まったくこれやから自覚ないヤツは困るわぁ、とベルは勢いよく狐色のワッフルに輝く銀のフォークを突き立てた。
今度、ベルちゃんをkingに招いてあげようと思う。そしてフランシスさんの作った絶品のスィーツをご馳走してあげよう。
(私が作るわけじゃないけど彼なら喜んで作ってくれるはずだ)
確かに、彼女の言うとおり出会ってから日の浅い彼等をここまで信用する私は少し浅はか過ぎるのかもしれないけど
きっと大丈夫だという確信に似た何かがあることは確かなのである。なんて、なんかちょっと可笑しいかも。
とりあえず今は目の前のケーキを美味しく頂くことが重要だ。
「なんだこれ…!!」
久々の女の子同士の買い物の楽しい余韻を味わいながら帰宅した私の目の前に広がる光景は
まさに惨劇というに相応しいものだった。玄関にあたりには投げられたものだろうか
いつもはリビングのソファーに置いてあるクッションや小物たちが無造作に放置されていた。
当のリビングからはなにやら口論するような大きな声が響いてきている。
よく聞けば知っている声も混ざっているのだが、もう一つは知らない人のもので
恐る恐る足を進めた私が見たものはいい歳こいた大人二人が取っ組み合いの喧嘩をしている姿だったのだ。
イヴァンさんはお店にいるからいないとして、菊さんはどこにいったの?
なんでこの人たち喧嘩してるの?机の上にある黒こげの料理らしきものはなんなの?
状況をうまく把握できない私はぽかんとしながら成人男性(?)二名の殴り合いを鑑賞するしかなかった。
「テメーは新入りのくせに態度でけぇんだよ、この眉毛!」
「うるせーな変態が!大体なんでお前ここにいんだよ!有り得ないだろ!」
「そりゃこっちのセリフだっつーの!」
「…ちょっと」
「あーもー最悪だ!こんなヤツ住んでるなんて聞いてねぇよ!」
「俺だってお前みたいなヤツ来るなんて思って無かったよ!」
「ちょっと黙れお前等ァ!!!」
それから外出していた菊さんが止めてくれるまで私はいまいち記憶がない。
久しぶりすぎて感覚が掴めないルームパロで申し訳ない。
そしてベルちゃんが好きすぎて名前出てないのに書いてしまった私を許して欲しいです。