「なんなの、この豪邸…」

私の小さな呟きは閑静な住宅街の中に消えていった。晴れ渡った空と明るい太陽の下で一人。遠くで鳥の鳴く声が聞こえた。ぎゅっと携帯を握りしめる。もうすぐ後輩が引っ越しの手伝いに来てくれるはずだ。近くに来たら連絡をくれるらしい。私は今日からこの高級マンションに住むことになった。きっかけは進級に伴う大学キャンパスの移動。今までは実家から通える距離だったのだが、これから通学に随分と時間が掛かってしまう。もう良い年齢なのだから思い切って自立してしまうのも悪くないだろうとバイト帰りにふらりと立ち寄った小さな不動産屋。これが夜十二時までやっているという不思議なお店なのだ。今までは気にも留めてなかったのだがその日は何となく店先に貼られた物件情報を眺めていた。視線は上から下へ。都内の一等地となれば狭いアパートでも結構な値段になる。なかなか手頃物件は見付からず遂に最後の一件になってしまった。

「はーぁ…やっぱ無いかぁ…」
「どのような物件をお探しで」
「うわぁ!?」

頭上から降ってきた声の主は科白から推測すれば不動産屋の人間なのでしょうが真っ暗な通りを照らす蛍光灯の無機質な光を受けて浮かび上がる姿はマフィアのボスという方がしっくりくる、映画にでも出てきそうな不思議な雰囲気を纏った金髪の壮年紳士でした。何とも言えない威圧感のようなものさえ感じられる風貌に私は少々畏縮してしまって、しどろもどろになりながらも会話を続けました。

「あの、学生の一人暮らしに向いてる物件ってありますかね?
あまり予算は無いんですけど…」
「…まだたくさんありますよ。どうぞ、中へ」

こうして私はこの不思議な不動産屋から高級マンション“king”を紹介されたのだった。大理石の広々とした玄関。同じく広々としたリビング・ダイニングに大きく使い勝手の良さそうなアイランドキッチン。おまけに冷蔵庫や電子レンジ、オーブンなどは備え付けという大サービスだ。そして三十畳もある大きな部屋が九室。こんな物件、一体幾ら出せばいいのか皆目検討がつかない。それほどに身分不相応な住宅と言うことだ。一介の大学生が、こんな家に住める訳が無い。にも関わらず私はこのマンションの前に立っている。手には鍵と小さなメモ。そこに書かれた几帳面そうな字が示す住所は間違いなくここであっている。

「これはスカウトです」

あの人の言った言葉を、もう一度頭の中で反芻してみる。スカウト、有望な人材を探し出したり引き抜いたりする事を言う。私が、有望な人材?まさか、なんの取り柄もない、おまけに初対面の私を。疑念に満ちた眼差しを送る私に向かって彼はしっかりとした口調で言いました。

「詐欺だと思うなら聞かなかった事にして貰っても結構です」

彼の真摯な態度に誠意を感じた、なんて言えば聞こえは良いが結局の所は都合が良かったのだ。家賃はいくらでも構わない、極端に言えばワンコインでも良いという事らしいのだ。流石にそれは良心の呵責を覚えたので私は五万で手を打った。今思えば我ながら現金な奴だ。


「あっ!ー!やっと見つけたしー」
「あれ、もう着いたの!?連絡くれるって話じゃ…!?」
「え、メールいってませんでしたか?フェリが送ったと思うんですけど…」
「きてないよ…?うん、きてない」

携帯電話を開くと、そこには何時も通りの待ち受け画面で新着メールの知らせも何も出ていなかった。試しにセンターに問い合わせをしてみたがフェリクスからのメールは届いていなかった。私の言葉にトーリスは疑問符を飛ばしつつ隣の親友を見た。

「えー?ちゃんと送ったしー…あれ?送信失敗だってマジありえんしー!」
「はっ!?ちょっと何やってんのフェリ!」
「まぁまぁ…とにかく、手伝いに来てくれてありがとう」

少し意表を突かれたけれど別に不都合な点なんかあるはずもなく、私は二人に微笑んだ。真面目なトーリスは照れたようにはにかみ(もう可愛いなぁ!)フェリクスは「の頼みなら仕方ないしー」と変わらない笑顔を返してくれた。私は本当に良い後輩を持った!

「しっかし…すごい家ですねぇ…」「本当にここに住むん!?」

一気に賑やかになった通りは、さっきよりも明るく感じた。これから大量の荷物と重い家具との戦いで忙しくなるだろうけど、なんとなく可愛い後輩二人のおかげで楽しく作業できそうな気がして思わず頬が緩んだ。一段落したらお茶でも淹れてあげよう。ちょっとした思い出話に花を咲かせながら。


(あっ、みてみてー!この服可愛いと思わん?)
(ってかそれ先輩の服だから!勝手に荷物漁るなよ!)
(ねーねー、これ着てみても良いー?)
(あー似合うかもね。あとで写メ撮らせて!)(おっけー)
(もー仕事してくださいー!)